"血染めの桜"事件で非業の最期をとげた谷地城主「白鳥十郎」が残した足あとを探って

白鳥十郎と寺社

藤助新田天満神社

藤助新田天満神社

画像の説明

東根市の藤助新田(とうすけしんでん)地区は真木藤助(まきとうすけ)にちなんでつけられた村の名前です。

真木藤助は谷地城主の白鳥十郎長久の重臣でした。
谷地城の落城後、38名の帰農した武士とともに最上川をはさんで、谷地の対岸にあたる地区を開拓、元和6年(1620年)に村を作り上げました。
この村が藤助新田です。

あるとき藤助同様に主君を最上義光に滅ぼされた、天童城主につかえていた唐橋伊織が藤助を訪ねてきました。
藤助と伊織は意気投合。
菅原道真を崇拝していた伊織は藤助の作った村に菅原道真を神とする天満神社を創建することを勧めました。

こうして建てられたのが藤助新田の天満神社です。

藤助新田は最上川に近いこともあり、水害が多い集落ですが、天満神社を崇拝し、協力しあって村を運営してきたそうです。

明治のころまで真木藤助家は代々名主を、唐橋伊織家は天満神社の別当を務めてきたそうです。

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