羽州かほく町西里近辺のパワースポット by 身近なパワスポ探検隊

豊作・繁盛

五穀豊穣・商売繁盛

五穀豊穣・商売繁盛の信仰として有名なのがお稲荷さまです

農業神・商業神

お稲荷さま(稲荷信仰)

神様にも「流行」があるようです。
お稲荷さまは江戸時代に人気が出、江戸の街に稲荷神社が爆発的に増えたという経緯があるようです。その背景の一つに江戸幕府の老中・田沼意次が関係しているようです。
田沼意次は紀州藩の少身者から老中まで上り詰めた人物。なぜこのような出世ができたかというと、居宅に稲荷を祀ったからと信じられたことが背景にあるようです。流行は武家にとどまることなく、庶民にまで浸透して行きました。

しかし、稲荷神への信仰は江戸時代以前から存在します。
お稲荷さまの総本社である伏見稲荷のホームページによると稲荷信仰の原点とされる「稲荷山」に稲荷大神様が御鎮座されたのは、奈良時代の和銅4年(711)だそうです。1300年以上前から稲荷神信仰があったことになります。

伏見稲荷を建立したのは渡来人である、秦伊呂具(はたのいろぐ)とされています。
秦伊呂具が餅を的にして矢を射ると、その矢が白鳥となって山に飛び去り、そこに稲が実ったのだそうです。

この伝承からもわかるように、稲荷さまは稲の神様、農業の神様とされていましたが、信仰の広まりと共に産業一般の神様として敬われるようになり、漁村においては漁業神、都市部では商業神として祀られました。
また、武家にも「居成」として、所領安堵の神として広く信仰されたようです。

山形でも元禄10年(1697)に上山藩入府が決まった松平氏代々の崇敬社が稲荷神社であったこと、旧領地から稲荷神を遷座し、栗川稲荷として上山城の鎮守社としたことなど、また、河北町の一部が上山藩の領地でもあったことなどから、稲荷信仰は、江戸時代に河北町でも広まった歴史があるようです。

稲荷さまといえば狐を連想しますが、稲荷神=狐ではなく、狐は稲荷神の使者とされています。

伏見稲荷とは別系統の稲荷信仰もあります。
愛知県の豊川稲荷がそうですが、この神社は仏教の曹洞宗に属するものです。
そのため、曹洞宗のお寺には稲荷神社が祀られていることも多いようです。

西里では中島地区と塩ノ渕地区に大きなお社があります。
根際地区の的場山の麓には、かつて谷地城内で守護神としていた稲荷さまを遷したと伝わる普流(ふる)稲荷があります。
同じ根際地区のいなんどと呼ばれているところに、町内最古といわれる稲荷堂の祠もあります。
おとなり谷地には谷地城主、白鳥氏の敬信が篤かった稲荷さまもあります。
このように稲荷さまは私達の身近にいらっしゃいます。

豊作・繁盛のパワスポ

中島稲荷神社
塩ノ渕稲荷神社?
普流(ふる)稲荷?
工藤小路稲荷神社?


参考

河北町教育委員会『河北町の石碑・石造物』,平成11年3月
河北町『河北町の歴史 上巻』,昭和37年3月
山形県神社庁,『山形縣神社誌』,平成12年4月

『一個人』,2011.2月号 KKベストセラーズ

伏見稲荷大社 ホームページ
http://www.inari.jp

豊川稲荷公式ホームページ
http://toyokawainari.jp/

山形県:歴史・観光・見所(ホームページ):栗川稲荷神社
http://www.dewatabi.com/murayama/kaminoyama/kurikawa.html

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